わたしのHygge #03

コスタリカのガイド


詩人の谷川俊太郎は、3回離婚したあとに自分がマザコンであると気づいたらしい。ある講演会で聞いた。その講演会の会場ではみんな前のめりで話を聞いていた。「皆さん詩人に期待しすぎです。」そう、何か、言葉をもらえるんじゃないかという空気のかたまりが会場にはあった。


私が数年前に気が付いたのは、自分は急げない、ということである。癒しであるとかのんびり・丁寧な暮らしのすすめの情報がちまたにあふれている。ああでものんびりのすすめも何も、自分は生来急げないではないか。気づいたときは、軽く動揺した。平日会社員⇔土日ブックカフェ店主という傍から見たら何を生き急いでいるのかという日々をすでに送っていた。ある日ブックカフェにすばらしくぱっぱとしている方が来られた。そこでわが身を振り返った気がする。おお全然ぱっぱとできずにここまできてたのか。。


ブックカフェを開く前、コーヒーがどういう環境で育つのかを見たいと思い、いちばん行きやすそうな中南米のコスタリカに行った。店で出す珈琲はシンプルにおいしいコーヒーならそれでいい。コーヒーの達人を目指すつもりは全然なかった。コスタリカは軍隊を持たない平和国家であり、エコツーリズムを推進している国である。熱帯雨林にはケツァールというエメラルドグリーンに輝く夢のような鳥がいることは、茂木健一郎が生物学者・日高敏隆と旅した旅行記『熱帯の夢』で読んで知っていた。コスタリカのコーヒー農園と熱帯雨林を旅しようと決めた。実際、しかし、熱帯雨林は相当広く深く、小さな蝶や鳥たちは全然見つからない。ナマケモノすら見つからない。なまけているからではない。私がようやく見つけたナマケモノはゆっくりとながら樹上を移動していた(飯時であったのかもしれない)。そして熱帯雨林の中にいるナマケモノは圧倒的存在感であった。日本に戻ってからナマケモノをちゃかす言動を見るにつけ人間の無理解を心の中で詫びた。


コスタリカ滞在中のある日、国立公園内の案内を現地のガイドさんにお願いした。ガイドさんにもいろいろなタイプがいる。ちなみに自然ガイドさんは現地でお願いするのが最上である。言語とか言っている場合ではない。見えている世界が違うし、本当にたのしい。その時は寡黙なガイドさんにあたった。ゆっくり、ゆっくーり森を歩いて行く。森の中を歩いているとたまにあることだが、もくもくと歩いていると、瞑想のように内に潜り込むような感覚になるときがある。この時も半分眠ったようについていった(全然危険なことではない)。するとガイドさんが突然静かに立ち止まり、持参した望遠鏡のスコープをするするすると立て、腰をかがめてすっとのぞく。ん? と覚醒しながら声をかけると、果たして。ケツァールであった。
うおおお、早く言ってくれ!
ここにも、急がない人がいた。


ステイホームが呼びかけられて数週間が経ち、いろいろな影響が個人レベルでも出ているけれど、その一つが、自分と向き合う時間が増えた、ということかもしれない。今まで知らなかった自分のある側面に気づき、それは思いがけない喜びだったり、嫌悪だったりする。今すぐに分かることでもなくこれから数年かけて気づくことかもしれないけれど。
私にとって、自分が急げないこと、急がないこと、それはセレンディピティを連れてくるのかもしれない、とセットで考えるようにしている。焦ったとしてもどうしようもない、自分でコントロールできることなんてたかが知れている。思いがけない幸いは、思いがけないからこそやってくる。
言い訳では、決してないぞ。

この本①
茂木健一郎『熱帯の夢』(集英社新書)


この本②
中島京子『のろのろ歩け』(文春文庫)

恋愛小説は苦手、という女子は実は多いと思う。そんな女子に中島京子の本はおすすめ。
いい感じの皮肉が漂う女子たちの旅の物語。ああ女子と3回も使ってしまった。
男子ももちろん読んでみてください。


大くまのりこ

司書・ブックコーディネーター。ブックカフェアラスカ元店主。「日々の暮らしの中に本と旅の時間を」をテーマにしたレーベル・BOOKS アラスカとしてひっそり続けて行く予定。

Hygge-あたみらへん-

〝HYGGE・ヒュッゲ〟とはデンマーク語で 「人と人とのふれあいから生まれる、温かな居心地のいい雰囲気」 を意味する、他の国の言語では置き換えられない言葉。 そんな居心地いい何かを探求しながら、 あたみらへん(熱海、伊豆、湯河原、小田原、函南、沼津、三島etc...)の ヒュッゲな人やモノ、コト、暮らしを提案・紹介していくzine。 hyggeatami.info

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